厳選の体験 · 北京
北京, 中国
位を表す屋根の飾り、叩くと金物のように鳴る床の敷石、九だけで組まれた壇、そして宮廷が遊びで買い物をした作り物の市の通り。
一日で三つの宮廷の地を、あいだの移動はこちら持ちで
順を追って歩く紫禁城の中軸線
円い壇とそれを囲む壁の音の響き
頤和園の湖と、絵の続く廊下と、庭
観光客向けの食堂ではなく、地元の店での昼食
北京の三つの大きな宮廷の地をめぐる八時間から十時間の一日です。中軸線に沿って紫禁城を、天壇とその祭壇を、そして頤和園の湖のほとりの庭を、人出の最も厚い時間を先回りできる順でたどります。
平らな地面をとにかくよく歩きます。合わせて数キロ、その大半は屋根のない石の上です。座るのは各所のあいだの車の中です。旅券をお持ちください。紫禁城では門で予約に使った身分証を確かめており、それがないと入れません。
宮廷の屋根の隅には、小さな焼き物の像が一列に並びます。先頭に鳥に乗った人がいて、その後ろに獣の行列が続きます。この数は飾りの気まぐれではなく、位を表しており、建物の重みに応じて奇数で増えていきます。どの殿でも許された上限は九でした。十を戴く屋根は中国にただ一つ、最後に他所にない像が加わります。皇帝が位に即いた太和殿の屋根です。
主だった殿の黒っぽい敷石は金磚と呼ばれますが、金は入っていません。一枚ずつ蘇州のあたりの土から作られ、何か月もかけて練られ焼かれ、桐の油に浸して艶が出るまで仕上げられました。運河で千キロ北へ運ばれたものです。叩けば金物のように鳴ります。外の庭は何層にも敷き詰められ、層ごとに向きを違えて重ねてあります。宮の中へ穴を掘って入れないようにするためです。
天壇では、皇帝が冬至の祭りを行った円い壇が、九の倍数だけで組まれています。敷石は九つの環、いちばん内側が九枚、次が十八枚、その次が二十七枚と、外へ向かって増えていきます。九は皇帝のために取ってある数でした。中央の石に立って声を出すと、まわりの欄干から自分の声が、出たときより大きくなって返ってきます。
祈年殿は円く、木で組まれ、釘も横木も一本使わずに建っています。支えるのは二十八本の柱で、その数は意図されたものです。内側の四本は四季、それを囲む十二本は月、外側のもう十二本は一日を十二に分けた時辰にあたります。1889年に落雷で焼け落ち、同じ組み方で建て直されました。
頤和園の丘の裏には、水路沿いの作り物の商いの通りがあります。宮廷が北京を離れずに南の市の町を味わえるように造られたものです。宦官や宮の人々が商人の身なりをし、店には品が並べられ、皇帝の一家がそこを歩いて値を掛け合いました。近くには屋根の付いた長い廊下が湖沿いに七百メートル以上続き、端から端まで幾千もの場面が描かれ、同じ絵は二つとありません。
一日中立ち、歩ける靴でお越しください。天壇でも紫禁城の庭でも、日陰は多くありません。
開くと日付を選んで料金を確認できます。
料金に含まれるものと、別途ご用意いただくもの。
実用的な情報と、実際によく聞かれることへの答え。
必要です。紫禁城の門では、予約に使った身分証と券が照合され、なければ入れません。写しではなく旅券そのものをお持ちください。
位を示します。数は建物の重みに応じて奇数で増え、上限は九です。ただし太和殿だけが十を戴き、最後の像はほかのどこにもありません。
材ではなく、仕上がりと値打ちのゆえです。蘇州の近くで何か月もかけて焼かれ、桐の油に浸され、そのうえで千キロ北へ舟で運ばれました。叩けば鳴ります。
皇帝の数だったからです。円い壇は九つの環で組まれ、九枚から始まって九ずつ増えていくので、建物全体がひと続きの掛け算になっています。
そうです。横木も使いません。二十八本の柱が支え、四本は四季、十二本は月、十二本は一日の時辰にあたります。1889年の落雷による火災のあと、同じ設計で建て直されました。
南の市の通りを写したもので、宮の人々が店の主を演じ、皇帝の一家が敷地を出ずに買い物を楽しめるようにした場所です。
一日で数キロ、ほとんどは平らですが、硬い石の上で日陰も多くありません。三か所のあいだの移動は車が担います。