厳選の体験 · Tblisi
Tblisi, ジョージア
葡萄の蔓の十字架を自らの髪で束ねて携えて来た聖女、村ごとに塔を持つ城壁、閉まらない婚姻の窓口、そして芯まで赤い葡萄。
城壁の上を歩ける城郭の町
この国の守護聖人の墓を守る修道院
伝統の造りと現代の造りを一杯ずつ注ぐ蔵の見学
移動中のパンではなく、食卓での長い昼食
運転手が付き、試飲が誰の判断でもなくなること
トビリシから東へ、十二時間の一日です。ジョージアで飲まれる酒の大半を生むワイン産地カヘティへ向かい、自らの城壁の内に立つ丘の上の町、その下の修道院、そして試飲と着席の昼食が付く醸造所をめぐります。
片道一時間半から二時間の道のりと、その先に控える長い一日です。立ち寄り先は歩くことと座ることが交互に来ます。午前は城壁と修道院、午後は醸造所と食卓です。試飲は追加の選択肢ではなく行程に組み込まれており、運転手が付くので誰も断らずに済みます。
町の下の修道院には、四世紀にジョージアをキリスト教へ導いたとされる女性、ニノの墓があります。彼女はカッパドキアから、二本の葡萄の蔓で作り中央を自らの髪で束ねた十字架を携えて来たと伝えられます。ジョージアの十字架の横木が真っ直ぐではなく垂れているのはそのためで、この地の教会の最大の象徴は文字どおり葡萄の蔓でできています。
上に立つ城壁は十八世紀のもので、南からの襲撃に備える避難所としてジョージアの王が築きました。およそ四キロ半の城壁に二十三の塔が並び、そのひとつひとつが谷のどの村のものかが決まっていました。村人はどの門へ走り、どの塔を守るのかを知っていたわけです。長い区間は今も歩けます。
同じ町に、決して閉まらない婚姻の窓口があります。二人は前触れなく何時に来てもよく、出るときには夫婦になっています。それが町の評判となり、絶えることのない結婚の需要にもなりました。数千人の町に昼夜を分かたぬ婚姻の窓口がある。この二つの事実が、気まずさもなく並んでいます。
赤ワインの多くは果肉の白い葡萄から造られ、色は果皮から出ます。この地の主要な赤い品種サペラヴィは、果皮だけでなく果肉も赤く、世界でも数えるほどしかない葡萄です。ここの酒の色がこれほど濃いのも、外での評判が示すよりずっと長く蔵で保つのも、そのためです。
道筋にある十九世紀の邸は、国内で初めて欧州式の葡萄畑を拓き、瓶詰めで売られた最初のジョージアワインを造った、詩人であり将軍でもある人物のものでした。1854年、北から来た山の民が一家を邸から連れ去り、身代金が支払われるまで八か月のあいだ留め置きました。庭も蔵もいずれも開いています。
十二時間は相応の覚悟が要り、その多くは道中に費やされます。各所の入場は別に精算します。修道院では肩と膝を覆ってください。前日までの取り消しには何の負担もかかりません。
開くと日付を選んで料金を確認できます。
料金に含まれるものと、別途ご用意いただくもの。
実用的な情報と、実際によく聞かれることへの答え。
十二時間で、片道一時間半から二時間の道のりを含みます。長い午後というより、正真正銘の一日仕事です。
聖ニノがカッパドキアから、二本の葡萄の蔓を中央で自らの髪で束ねた十字架を携えて来たと伝えられるからです。横木はそのために垂れ、彼女の墓はこの道筋の修道院にあります。
十八世紀の城壁およそ四キロ半に二十三並び、そのひとつひとつが谷の特定の村に割り当てられていました。どの塔を自分たちが守るのか、村ごとに決まっていたのです。
本当です。町の窓口は決して閉まらず、二人は何時に来ても夫婦になって出て行けます。数千人の町が結婚の地として全国に知られるようになった理由です。
果皮だけでなく果肉まで赤いところです。ワイン用の葡萄でこれは非常に珍しく、赤ワインの色はふつう果皮だけから出ます。だからこそサペラヴィの酒は色が濃く、長い年月を持ちこたえます。
主は詩人であり将軍で、ジョージアで初めて欧州式の葡萄畑を拓き、最初のジョージアワインを瓶詰めしました。1854年、北から来た山の民が一家を連れ去り、身代金が支払われるまで八か月留め置きました。
含まれます。蔵の見学、試飲、着席のジョージア料理の昼食はいずれも当日の行程です。各所の入場と、持ち帰る酒は別になります。