厳選の体験 · 京都
京都, 日本
山を開いた僧は亡くなったとはされず、835年から永遠の瞑想に入ったままとされます。だからこそ御廟へは、一日二度の食事が千二百年以上、毎日運ばれ続けています。
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Be assisted by an English-speaking tour guide and learn about the importance of Buddhism in Japan.
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九世紀から途切れずに続く日々の勤め
眺めるのではなく歩いてまわる、国内最大の墓地
大名の墓と並んで建つ企業の慰霊碑
保存された遺跡ではなく、いまも営まれている宗教の町
市街より数度涼しい山上の空気
墓地の先、町の中心に控える儀礼の伽藍
京都から高野山へ、往復で十一時間。和歌山の山中、標高の高い盆地にひらかれた僧院の集落で、九世紀の開創以来、日本仏教の一宗派の総本山として今も機能しています。日帰りには遠く、移動そのものが一日のかなりの部分を占めます。着いた先にあるのは見学用の寺院ではなく、835年から一日も途切れていない勤めを抱えたまま、いまも動いている宗教の町です。
高野山を開いた僧・空海は、ここでは弘法大師と呼ばれ、亡くなったとは考えられていません。835年に入定し、墓地の最も奥にある御廟でいまも生きたまま瞑想を続け、待ち続けているとされます。
そのため、大師のために食事が調えられ、日に二度、午前六時と午前十時半に御廟へ運ばれます。法衣の僧が同じ道を通って密封された膳を運ぶこの生身供は、飢饉も戦乱も火災も、政治体制の幾度かの崩壊も越えて、千二百年以上、一日も欠かさず続けられてきました。その前提をどう受け取るにせよ、途切れずに続いてきたことは事実であり、この行列が目の前を通り過ぎる光景は、山中でもっとも強い印象を残します。
御廟へ向かう参道は、巨大な杉の下を約二キロ続き、二十万基を超える供養塔が並びます。大名、僧、歌人、一族まるごと。国内最大の墓地であり、そして間違いなく最も奇妙な墓地です。
中世の石塔のあいだに、企業が建てた慰霊碑が混じります。パナソニック、日清食品、上島珈琲などが、事業の弥栄を祈って建てたものです。コーヒーカップの形をした碑もあれば、駆除された白蟻を弔う防除会社の碑もあります。こうした取り合わせは、この土地の感覚では不敬ではありません。同じ理屈を筋を通して当てはめた結果です。
墓地の先には、壇上伽藍の根本大塔と講堂が建ち、宗派の総本山である金剛峯寺は石庭と襖絵を備えています。山内には百を超える寺院がいまも宿坊として参拝者を泊めており、日帰りという制約さえなければ、多くの人はそちらを選ぶでしょう。
十一時間ほどのうち六時間ほどは、山道と本格的な登りを含む移動に充てられます。盆地は標高が高く、京都より数度低く、春の遅くまで雪が残ります。墓地の道は石と木の根で凹凸があり、木立の下は昼でも暗く、堂内では肩を覆ってください。
開くと日付を選んで料金を確認できます。
料金に含まれるものと、別途ご用意いただくもの。
実用的な情報と、実際によく聞かれることへの答え。
十一時間ほどです。うち往復あわせて六時間ほどが移動にあたります。
九世紀の僧・空海で、ここでは弘法大師と呼ばれます。
通常の意味では葬られていません。835年に入定し、いまも御廟にとどまっているとされています。
法衣の僧が密封された膳を御廟へ運びます。早朝と午前半ばの決まった時刻に、一日二度行われます。
千二百年以上、一日も欠かさず続いています。
参道は約二キロ、供養塔は二十万基を超え、国内最大です。
企業が事業の弥栄を祈って建てたもので、歴史ある墓のあいだに並んでいます。
かなり寒いです。標高のぶん気温が下がり、麓の雪が消えたあとも長く雪が残ります。